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成田屋通信
2005年11月15日
入院日記22

入院日記が更新されました。前回に引き続き小松市でのワークショップのお話です。ちなみに今日が御幸中学校のみなさんの本番だそうです。  義経主従の安宅ノ関通行800年祭以後、小松市では歌舞伎に対する関心が高まり、『全国子供歌舞伎フェスティバルin小松』が新たに企画され、お旅まつりと同時に開催されることになった。
 全国から各地方に伝わる子供歌舞伎の子供役者さんたちが集まり、熱の入った舞台が毎年繰り広げられるようになった。改めて小松の方々の努力に敬意を表する。
 小学生だけではなく中学生の皆さんも『勧進帳』を各中学校が持ち回りで上演している。
 今年10月に、小松ロータリークラブ創立50周年を記念して、小松芸術劇場で式典が行われるが、そのアトラクションとして、『勧進帳』に関する何か企画はないかとの相談を受けた。そこで、『勧進帳』をより深く理解していただく為に、学生の皆さんと『勧進帳』の稽古の形式をとりながら、演奏される長唄の歌詞の意味や役の心などの説明を加えるワークショップを提案した。
 幸い、この11月14、15、16日に、小松芸術劇場うららでは学生さん達の演奏などいろいろの発表会があり、その中で今年は御幸中学校の皆さんが『勧進帳』を演じると聞いたので、生徒の皆さんにお手伝いいただき競演することとなった。
 僭越ながら、自分の手で歌舞伎ワークショップの司会進行役を私が勤める台本を書き、8月の末、御幸中学の生徒さんとの稽古のために小松へ出かけた。
 稽古場に着くと生徒さんたちが正座で待っていて、
 「おねがいします。」
と、会場に響く大きな声の一礼で稽古が始まった。
 指導の北野先生の並々ならぬ努力で、生徒さん達はほとんどセリフを覚え、動きもできていて、私は気が付いたところなどを直すだけで良かった。
 他にも大道具、小道具、衣装、床山、などの裏方の仕事も、それぞれ担当が決まっていて、みんなで一つ目的に突き進んでいるのが分かる。
 その中でも素晴らしいと思ったのは、長唄の『勧進帳』を、中学生の唄・三味線は勿論、お笛、小鼓、大鼓を生徒さん達で演奏している事だ。
 今年の5月に、全て中学生の生徒たちで構成されているその演奏を聞いたが、驚きと感激で動けなくなった。
 盛綱陣屋の盛綱のセリフに、
「教えも教え、覚えも覚えし、親子が才知」とある。
 正に教えた先生方も凄いが、覚えた生徒さん達の努力も素晴らしい。
 調べた訳ではないが、今日本中を探しても、恐らく中学生だけで『勧進帳』を演奏できるというのは他にないのではないかと思う。この育ちかけている芽を、何としても育てたいと強く思う。
 数年前、中学校の音楽授業に日本楽器を取り入れるカリキュラムが入った。
 しかし、多くの場合、楽器は購入したが演奏方法を教えられなかったり、成績に関係ないので何もしていない中学校も多い。
 現在、国の文化行政は、各分野の平等を強調するあまり、予算の割り当てに問題がありそうだ。
 日本の楽器を取り入れるカリキュラムで多くの中学校が楽器を購入しているが、いろいろな中学校を尋ねた際に楽器を見せてもらうと、お土産で売っているような、音もでそうもない楽器を購入してある場合もある。
 邦楽の知識が少ないためであろう。
 箱物行政が問題になっている昨今だが、正にその典型で、仏作って魂入れずである。 勿論音楽の先生方の中には、熱心に邦楽の勉強をなさっている方もいらっしゃる。
 全国にはその歴史的背景によって、歌舞伎に限らず、能、お茶、あるいはコーラス等が盛んに行われたり、または芽の出かけている地域がある。
 砂漠に水を撒くように大事な血税の予算を垂れ流すのではなく、種の埋もれている土地や、いま若芽が吹きだして水を多く必要としている所をきめ細かく調べ、例え偏りがあると言われようとも、英断を以って手厚い援助をして若い芽を育てて貰いたいものである。
 『勧進帳』の稽古は僅か2日であった。
 御幸中学の皆さんが熱心に稽古に励んでくれたので、とても満足な気持ちであったが、私は一つの気鬱を抱えていた。
 この時、白血病の検査ですでに陽性と出ていた。
 このことを今回の催しの関係者の方々に早く伝えて相談したかった。
 しかし、秋の公演をどうするかなど、発表時期など関係各位への配慮もあったし、医師の話でもどうなるか分からない状態であった。それでも1日位の講演なら問題ないとの了承は受けていた。
 そこで稽古が終わったとき、関係者の方々に。
「実は、白血病の検査で陽性反応が出てしまいました。医師の話では10月の式典の日に出演するのは問題ないでしょうとのことですから、是非やらせて頂きたいと思っています。万一の場合は御迷惑を掛けないよう手配しますのでよろしくお願いします。」
 と、了承を得て東京に帰った。
 治療に入って、医師に10月の講演の件を改めて話したが、最終判断は9月20日ごろの検査の結果にしましょうとの話になった。
 私も万が一に備えて代役を決め準備を進めたが、何としても中学生の『勧進帳』を見たかったし、競演を喜びたかった。
 だが秋の公演を休んでいるのに、たとえ1日のこととはいえ人様の前に出るのは問題ではないかとの意見もあり、残念ながら出演を断念し、代役は市川右之助に頼んだ。
 公演を終えての報告では、会場は満員で、生徒さん達が上手なのには驚いたとのことであった。