入院日記が更新されました。昨年5月の続きで、注射のお話です。
2本の点滴の針が左の腕に刺さった。
点滴台には、抗がん剤の入った生理食塩水や、他の薬を正確に体内に投与するために、輸液ポンプが3つもついている。2つは四角形をしているが、あとの1つは注射器が機械の中に入っていて、ゆっくり注射液を入れているのだろう。見た目には分からないが着実に動いている。どんな薬が入っているのか見当もつかないが、点滴台はいろいろな袋や機械が、所狭しと並んでいて賑やかだ。
私には説明は無かったが、家内と娘にはかなり厳しい状況であるとの説明があったらしい。
ATRA(ベサノイド)と言う特効薬が大変有効であるとの事で、カプセルに入った薬を服用したが、その時私の体の中では白血球が爆発的に増えていた。そのために副作用として肺に水が溜まり、かなり熱が出たのですぐに中止された。
家内は毎日見舞いに来てくれたが、歌舞伎座の海老蔵襲名披露公演の最中で、劇場と病院の両方の行き来でかなり疲れたようだ。夜は娘が泊まってくれた。ボンボンベッドに薄い布団を被るだけで1ヶ月以上付き合ってくれた。私の具合が悪いと、夜中も起きてくれ、面倒をみてくれた。後から聞いたら、かなりしんどかったと言われ、外見も痩せてきた。
「ダイエットに良かったじゃないか」と言うと、
「冗談じゃないわよ」と、怒られた。
娘は入院してからの治療経過をノートに克明に記していてくれた。久しぶりに見るとこんな記載があった。
『夢を見た話。
パパは久しぶりに、パパのお父さんとお母さんの夢をみたらしい。
何も話しはしないらしいけど、夢の中でただパパのそばにいて、パパのことを見てるんだって。
「話しかけても、何も答えてくれないから、むこうに呼ばれたのかなぁ」とか言っていた。だから、
「まだこっちにくるな!って、言ってるんだよ。」
と、言い返しておいた。』
自分ではすっかり忘れていたが、こんな夢を見る状態だったのだろう。酸素マスクを着けたり顔色が悪かったり痣があったりと、家族や周りの人たちには随分心配をかけたようだ。
夜、体温が38度以上になると医師を呼んで動脈採血をするので、娘が居てくれると本当に助かる。普通の採血は静脈から採るが、細菌の繁殖を調べるのには動脈から採血する。動脈から採血するか静脈からするかは、病院によって違うようだが、どちらにしてもこの採血は、看護士には出来ず、医師が行わなければならない。
採血する場所はいつもの採血とは変わりないが、消毒をより丹念にして少し深いところまで針が入るようだ。熱が上がるのは夜か夜中が多い。そこで、宿直当番の医師が採血を行うが、正直にいって上手い医師と下手な医師との差がはっきりしていて、上手い医師はいとも簡単に採血していく。
ところが、下手といっては失礼だが、不慣れであろう医師は、何とか血を採ろうと必死の形相で体に刺さった針を動かす。
静脈では針を横にして刺していくが、動脈では縦に刺す。地下水脈か温泉を掘り当てるようなものだ。もちろん、温泉を掘り当てるより遥かに簡単だという。
吸血鬼ドラキュラに血を採られれば、甘美な官能の世界に入って行くかも知れないが、不慣れな医師が必死の形相でいつまでも針を動かしていると、普段温厚な性格を自負している私もさすがに腹が立ってきて「何時までしているんだ」と怒鳴りたくなる。そこを言わないのが、私の奥床しくもあり歯がゆいところでもある。
自己分析はさておいて、採血のベテランによると、静脈は人によっては1センチ位平気で横に動くそうだ。
であるから、採血を受ける患者が、少しでも注射器を持って構える人に不安を感じると、血管は刺されてなるものかと逃げ廻る。
それをウロウロ追っ掛け廻しているようでは駄目で「御用だ!」と、血管の首根っこを捕まえて動かぬようにして一気に刺す。血管に首根っこがあるかないかはともかく、これが採血の極意であるらしい。